「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ、月~金、6:30-8:30)7時35分からは素朴な疑問、気になる現場にせまる「現場にアタック」。7月14日(火)は、意外な業界とコラボして社会の役に立つ製品を送り出している中小メーカーの「オープンイノベーション」の話題です。
★CO2濃度で「3密」を見える化
今、気になる新型コロナの「3密」を見える化する装置というものを、宮城県石巻市にある「ヤグチ電子工業」という電子精密機器メーカーが開発しました。装置を考案したのは電気通信大学特任准教授・石垣陽さん。石垣さんに、どのような装置なのかお聞きしました。
- 石垣陽さん
- 「『ポケットCO2センサー』という製品でして、空気の中にある二酸化炭素の濃度を測定する測定器です。CO2の濃度というのが、今話題になっている『3密』の中の「密集」と「密閉」を表しているんです。濃度はppmという単位で表すんですけども、屋外の大気中にはだいたい400ppmぐらいの二酸化炭素が含まれているんです。普通の住宅、これは厚労省の建築物環境衛生管理基準値というのがありまして、概ね1000ppmになるようにと基準が定められています。それから文科省の学校環境衛生基準値というのがあって、これが1500ppmなんです。ですので、CO2濃度を測定することでその部屋の中にどれだけ人が密集しているか、あるいは換気がなされなくて密閉された状態にあるのではないか、ということを推定することができるわけです」
ウイルスそのものの量も測れないことはないけれど、そのためには特別な機械(しかも高価)が必要。しかも、リアルタイムで測ることは難しい。となれば、簡便に密集・密閉の度合いを可視化する方法としてCO2の濃度を計測することが今いちばんコスト的に適しているのではないかということになる、と石垣さん。
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こちらがヤグチ電子工業の「CO2センサー」
このセンサーは、手のひらに乗るぐらいの大きさで、スマホより小型で軽いサイズ。これをスマートフォンに接続して使います。
スマホに専用のアプリをダウンロードし、センサーをつないで、「測定開始」というボタンをタップすると、二酸化炭素の濃度が出ます。1000~1500ppmだったら換気の目安だということです。
現在、ヤグチ電子工業が7月下旬の発売に向けて量産体制を整えているところ。1台9,900円(税別)の予定だそうです。
★医師の言葉がヒントに
この測定器、実は数年前に開発してあったCO2濃度測定器をアレンジした製品。今回「コロナに応用したら?」とヒントをくれたのは異業種の方だったと、石垣さんは言います。
- 石垣陽さん
- 「お医者さんに言われたんです。『密接はマスクでなんとかなるとして、密集と密閉はどうしますか。そういえば石垣さんは昔、CO2って騒いでたよね』と。元々私は様々な場所の環境を測定するということをライフワークにしていまして、それであるタクシーの会社の社長さんから『タクシーの中の空気って、ちょっと籠っているような気がして、場合によっては眠くなるんだけど』という相談をいただきました。それで、自動車の中のCO2濃度というのを元々測る研究をしていました。『あれは今どうなってますか? ひょっとしたら使えるんじゃないんですか』と、お医者さんからヒントをいただきまして、開発のスタートを切ることができました」
すごい技術やすごい製品を持っている中小企業はたくさんあると思いますが、意外な使い方というのは自社だけではなかなか思いつかないですよね。
★弱視患者を救う「ホワイトスクリーン」
ヤグチ電子工業は今回のCO2測定器のほかにも、ユニークな製品を開発しています。「ホワイトスクリーン」という面白い液晶パネルもそのひとつ。
一見、真っ白な画面なのですが、偏光フィルターをつけた眼鏡をかけると画面の映像が見えるというもの。使い道としては駅や商業施設などのデジタル看板を考えていましたが、北里大学医療衛星学部教授の半田知也さんからお声がかかったのです。
- 半田知也さん
- 「今回の出会いというのは、私自身が弱視の治療方法っていうのをいろいろ考えていたんですね。例えば、片方は1.2、片方は0.1とか、そういうものですと、両目がうまく使えない状態になるんですね。そういう弱視の治療、通常は眼帯、まあアイパッチとかっていう言い方を一般的にしますが、良いほうの目をテープで隠して、悪いほうの目で生活しなさいっていうのが、スタンダードの治療法だったんです。でもそれですと、3歳とかそのぐらいのお子さんに行いますので、なかなかうまくいかないことが多くて。で、弱視眼のみに映像を提示することができればこれはいい訓練になるなと思ってたんですが、ヤグチ電子さんのホワイトスクリーンというのを知りまして、これはいいというふうに思って、直接お電話しました」
弱視の治療訓練は、視力が弱いほうの目だけを集中して使うことで視力が回復します。それで良いほうの目をテープなどで遮蔽して、弱いほうの目だけで見るようにするのです。でも、小さい子供だとシールや眼帯を嫌がって外してしまいますし、弱視の目だけでは歩くときに危険も伴います。
ホワイトスクリーンを、片方は偏光フィルター、片方は普通のガラスという眼鏡をかけて見ると、両目でものをしっかり見ていながら、弱いほうの目だけ鍛えることができるのです。
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片方のレンズは素通し、もう片方は・・・
石垣さんたちは、眼鏡の両目にスクリーンを貼ることを考えていたので、「片目だけスクリーンを貼る」という発想はありませんでした。メーカー側は思いつかなくても、必要に迫られていて医者の半田さんだからこそ出てきたアイデアです。
といっても、ヤグチ電子工業が何もせずに手をこまぬいていたわけではありません。SNS、展示会、クラウドファンディングなどで情報を発信して異業種・異分野からのアイデアを積極的に取り入れようとしていたからこそ、出会いが生まれたのです。
★アフター災害のものづくり
ヤグチ電子工業は、かつて一世を風靡したソニーのウォークマンをはじめ有名企業の製品を手がける拠点として、600人の社員が働く工場でした。ところが2011年の東日本大震災で取引先や協力先をかなり失い、社員も20数人に。そんなとき、当時、別企業の研究員だった石垣さんとヤグチ電子工業の方たちが出会いました。
福島第一原発事故後、放射線測定器の需要が急増し、生産が追い付いていない状況をみて、クラウドファンディングやSNSを使って国内外から知見と資金と知見を集め、スマホに接続して使えるポケットガイガーを開発。それをきっかけにヤグチ電子工業は大手の下請け工場から、オープンイノベーションで独自製品を開発するメーカーへと舵を切ったのです。そして石垣さんは現在、ヤグチ電子工業のCTO(技術最高責任者)も兼ねています。
石垣さんは、「これからのものづくりは世界中のみんなが力を集めるということで面白いものが生まれると思います」と言います。産業の空洞化が進み、すっかり海外にものづくりの拠点が移ってから久しくなりますが、「アイデアは世界中から集め、実際にものつくるのは地場、地域、地元。特に、今のように災害やコロナで流通がダメージを追っているときは、海外生産から国内生産に回帰する動きもあります。物流がズタズタになっている中でもレジリエンス(しなやかな強さ)とか継続性という意味でも、地元で何かつくっていける仕組みづくり。それも含めて新しものづくりの視点です。災害はもちろんないほうがいいんですけれども、これをバネにするというのも、アフター災害で必要なことかなと思います」(石垣さん)。